〜 戦後の日本と共に 〜
根本幸雄(当時8歳)すでに両親はなく、東京大空襲の最中、道端の屍を横目に妹の手を引き、炎上する江東区から千葉まで逃げ延びた。
毎日が生きることで精一杯。そんな状況が当たり前だった時代。
やがて戦争が終わり、13歳で硝子工房に弟子入り。当時とても寒かった東京。支給されたシャツの中に、新聞紙を体に巻き付け寒さを凌いだ。
そんな寒さ厳しい中でありながら、工房では菊繋ぎ文様という難度の高い技術を習得するため、支給された新品のシャツと交換に、文様入りの硝子破片を先輩から手に入れ修行に没頭した。
そして23歳で独立。40歳代後半辺りから創作活動を始め、数々の賞を受賞。
晩年には江戸切子界で初めての黄綬褒章を受賞する。
その時期と同じくして、東京スカイツリーが完成を迎えようとする姿を、病床から日々眺めながら、かつて焼け野原だった東京の姿を思い出す。
二代目である長男。そして孫の三代目を残し、2014年に他界。
数々の作品は手元を離れ、宮内庁や総理府から依頼をいただき制作した作品の一部は、美術館にて所蔵されている。
1996年 韓国との首脳会談で、
当時の橋本首相から金永三大統領に贈られた
江戸切子作品を制作。
二方が手に持っているグラスとデキャンターが
当時の作品です。
根本 幸雄
略 歴
昭和11年 | 9月21日東京江東区に生まれる |
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昭和24年 | 13才より弟子入り 田村徳蔵に師事 |
昭和34年 | 根本硝子工芸設立 |
昭和55年 | 伝統工芸新作展入選(以後入選17回)伝統工芸展入選(以後入選13回) |
昭和62年 | 伝統工芸新作展 日本工芸会東京支部賞受賞 |
昭和63年 | コーニング美術館 NewGlassReview9選定 東京都知事より伝統工芸士に認定 |
平成元年 | 江戸切子新作展 最優秀区長賞受賞、伝統工芸七部会展 文化庁長官賞受賞 |
平成3年 | 新作展鑑査委員、伝統工芸七部会展 日本工芸会賞受賞、江戸切子新作展最良賞・特別デザイン賞受賞、三越日本橋本店にて個展(以後4回) |
平成8年 | 江戸切子新作展 最良賞・特別デザイン賞受賞、東京都伝統工芸士その人と作品展 東京都知事賞受賞 |
平成9年 | 伝統工芸七部会鑑審査員 |
平成10年 | 伝統工芸七部会展 文化庁長官賞受賞 江戸切子新作展にて東京カットグラス工業協同組合理事長賞受賞 |
平成21年 | 黄綬褒章を受章 |
東京都認定伝統工芸士 日本工芸会正会員 日本ガラス工芸協会正会員 卓越技能賞厚生労働大臣賞(現代の名工) |